『コングレス 未来学会議』サイケ過ぎるアニメーション~自分が自分であることと、母の愛~

the-congress

2015.6.21 新宿シネマカリテ

『コングレス 未来学会議』/アリ・フォルマン/イスラエル・ドイツ・ポーランド・ルクセンブルク・フランス・ベルギー/2013 ★★★☆

久々の更新となってしまいました。ちょっと事情により今後もこのくらいのペースになるかもしれません。映画を見る本数もちょっと減っておりますが、でも『チャッピー』とか面白かったし、記事が書けたら良かったなぁ・・・。来週はフランス映画祭なので、観たもののうちどれかは必ず書くつもりです。

で、この『コングレス 未来学会議』は、『戦場でワルツを』(2009)の監督の2作目ということで楽しみにしていました。『戦場でワルツを』は、イスラエル人である監督が、自身が体験した(すぐ側で見ていた)はずの1982年の虐殺事件について記憶がすっぽりと抜け落ちていることに気付き、軍隊で一緒だった旧友を訪ねてその体験を少しずつ明らかにしていく、という作品です。ドキュメンタリーなのにアニメーションというところに驚きましたが、基本的に黒と茶色っぽいオレンジの二色で描かれていたところにラストで衝撃的な実写映像が挿入される仕掛けがぐっと効いていて、手法としては実験性があるものの、内容はかなり重たい、社会的な映画でした。

そして2作目の本作は、一言でいうと「ものすごいカルト映画」でした。本作も実写とアニメが融合した作品ですが、前作とは打って変わったこの極彩色、このトリップ感。『イエローサブマリン』(1968)とか『白昼の幻想』(1967、ホントしつこいようですがこの映画と姉妹作『嵐の青春』はフリッパーズ・ギターの『ヘッド博士~』の元ネタで、セリフもサンプリングされてます。奈落のクイズマスターとか星の彼方へとか、初めて聴いてから15年経つけど未だに聴くたび泣きそうになるくらい好きです)とかを超えるほどで、好きな人にはたまらないと思います。私は俄然好きなほうなので楽しめました。感想は思いっきりネタバレしてます。ラストにも触れてます。

【あらすじ】
旬を超えた44歳の女優ロビン・ライト(ロビン・ライト)は、会社から全身をスキャンして永遠に今の姿のまま老いることのないCG女優にならないか、と持ちかけられる。契約すれば、今後はCG女優が仕事をするので、本人は遊んでいても良いらしい。ただし、人前で演技をすることは一切許されないとのこと。はじめはその話をつっぱねるロビンだが、障害のある息子のため、契約をのむことになる。20年後、契約更新のためとのことで「未来学会議」に呼ばれたロビンは、会場のあるアブラハマシティへと赴く。アブラハマシティは「アニメ限定地区」となっており、ゲートで薬を飲まされる。薬を飲んだロビンの目の前に広がる景色は、次第に幻想的なものになってゆく。

【感想】
原作からしてかなりドラッギーらしいのですが、映画もガッツリとドラッギーで、上記あらすじの後の展開はちょっと気を抜くと「!?」となってしまうようなぶっ飛びっぷりです。最初の場面からすると最終的には40年後まで話が飛びます。しかも60代のババア姿で40代ぐらいの男に愛されて寝たりして、マジかよ結構いい目見てんじゃねーかと思う場面もあり、なので(?)確かに難解といえば難解なのですが、もっとおおらかな気持ちで、細部を考えすぎずに観てみると、けっこうわかりやすかったりしました。私個人としては、次の2つのテーマをポイントに鑑賞しました。

1.自分が自分であることの不確かさ
2.母の息子への愛

1.自分が自分であることの不確かさ
これは個人的に大好きなテーマで、「自分が自分であることの不確かさ」=「今生きているこの世界が現実であることの不確かさ」だと思うので、この映画はどっぷりとこれを語った映画なのではないかと思いました。

まず、“CG女優”です。これは現在のハリウッドで実際に起こりつつあることでもあるので、その批判ともいえますが、ロビンは契約の際、CG女優が仕事をしている間「自分探しの旅でもしてろ」と言われたわけで、つまりメディアには一切登場しないし、存在しないものとして生きなければなりません。その間自分のアバターであるCG女優がメディアに露出しまくって活躍します。そうすると、世間が知っているロビンはCGのロビンなわけで、ロビンとしては「本物の私はここよ!」「でも、みんなが見て、知っているロビンがCGのロビンなら、もしかして偽物はワタシ!?」となっていくわけですね。

次にこのテーマを表しているのが、幻想の世界で「みんな自分がなりたい姿で過ごしている」という設定。幻想世界では、エルビスとかキリストとか、世界の偉人からセレブまで、色んな姿の人達が歩いています。中にはロビンの姿をした人もいます。つまり、「自分が自分でなくていいし、誰かがたくさんいてもいい」という世界です。ロビンはこの世界に違和感を覚え、幻想世界ではない、真実の世界へ行くことを望みます。

(前作『戦場でワルツを』とは一見全く違う作品のように思えますが、『戦場で~』が「無意識に抑圧した記憶を呼び覚ます」という作品なので、このあたりがリンクしているのだと思います。記憶を抑圧する=なかったと思いこむ、ということですが、現実はそうではないわけで、自分が自分で「これが現実」と思っているものは本当はそうではないかもしれない、実に不確かなものである、というテーマが共通していると思いました。)

2.母の息子への愛
ロビンがなぜ「自分が自分でなくていい」という状態にならなかったのかというと、それは子どもたちの存在があるからでした。特に息子のアーロンは、障害があることからとても手のかかる子でしたが、だからこそ母としては心配でたまらず、20年も凍結されてしまって目覚めた後、息子がどうしているのかがとにかく気がかりでした。ここはちょっと、息子と比べて娘の扱いが軽いのが気になりますが、まぁ母というのはそんなものかもしれません。

ラストは、「幻想の世界で息子として生きる」ことを選んだ、ということだと捉えましたが、どうもあの飛行機を作っていたほうが母なのではないか、という気がします。そこへ息子が現れた、という・・・。わかりませんが、これも1.で挙げたテーマとリンクしているので、奇想天外で突飛な展開の映画のように見えて、実はかなり一貫したテーマを持った、筋の通った筋のある(わけわからない日本語)映画なのではないかと思いました。

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