『自由が丘で』:ホン・サンス節における英語と時間軸について

jiyugaokade

2014.12.14 シネマート新宿

『自由が丘で』/ホン・サンス/韓国/2014 ★★★★

我が愛・加瀬亮×大好きなホン・サンス、夢のタッグ!ということで、期待しまくりで観ました。結果、満たされました、色んな意味で。以下、少しネタバレありのあらすじと感想です。

【あらすじ】

かつてソウルで日本語教師として働いていた日本人モリ(加瀬亮)は、数年ぶりに当地を訪れる。目的は、愛する女性クォン(ソ・ヨンファ)に会うこと。しかし昔住んでいた家くらいしか手掛かりはなく、モリが滞在できるのは2週間で、本当に会えるのかどうかもわからない。そんな中、ふとしたことから泊っているゲストハウス近くの「自由が丘」というカフェの女店主ヨンソン(ムン・ソリ)と親しくなり、酒を飲みかわす。また、ゲストハウスの主人の甥サンウォン(キム・ウィソン)やその友達など、個性溢れる知人が出来、やはり酒を飲みかわす。

【感想】

小学生でも弾けそうなピアノ曲とか、謎のズームインとか、長回しとか、いつものホン・サンスには違いないのですが、今回は使用言語が主に英語であることと、時間軸がバラバラであることが大きな特徴だと思います。

まず使用言語について。3人のアンヌ』でもイザベル・ユペールという非韓国人俳優をヒロインに据えていましたが、この時はアンヌを妖精に近いような生き物として描いていたので(個人的にはそういう扱いをするのであればイザベル・ユペールじゃ歳食い過ぎと思ったりもしましたが)、アンヌは風景から浮きまくっており、それを際立たせるためか時々話される英語は片言で、やはりメインは韓国語でした。今回の主人公モリは、同じアジア人で、見た目では区別がつかないこともあるとは思いますが、元々ソウルに住んでいたことがあるという設定なので、あまり風景から浮いていません。しかし韓国語は話せないらしく、現地の人とは英語でコミュニケーションを取ります。

モリの英語はなかなか流暢ですが、周りの人も流暢です。使っているのはすごく平易な英語ではあるのですが、ポンポン出てきて話せるかどうかというところを考えると、日本じゃこうはいかないかもな・・・と思ったりもしつつ、ホン・サンス節における英語の機能について考えてみました。

ホン・サンス映画で私が最も面白いと思うのは人物たちの会話で、空回ったり、逆に絡み合いすぎて誰かが爆弾を落としたり、スリルとコミカルさが融合しつつキャラが立っていく感じが最高に好きです。そして、そういう会話は韓国語とセットであるように思います。言語そのものと話される内容が切り離せないものであることは自明ですが、この『自由が丘で』では韓国語の魂が英語を話していて、つまり言語そのものと話される内容が切り離されていたところがとても面白かったです。

たとえば、この映画の白眉といっても良いであろう「シー・イズ・ア・ビッチ!」の場面です。チョン・ウンチェ演じる家出娘が音楽を聴きながら何かを書いていたところ、宿主の甥で二ートのサンウォンがどうでもよすぎることを話しかけ、娘が非常にウザそうに対応をしたところケンカになり、娘も「オッサンのくせに威張ってんじゃねーぞ!」みたいな感じで言い返します。この激しいやり取りは韓国語で行われますが、サンウォンは韓国語を解さないモリに「シー・イズ・ア・ビッチ!」「ファッキンビッチ!」と、「ビッチ」を連呼します。家出娘はそれを聞いて号泣します。最高に笑える場面ですが、なぜ笑えるかというと、非ネイティブにとっての「ビッチ!」が本来「“ビッチ”って余程でないと使っちゃダメなんじゃないの!?」というためらいをもって使われるはずの言葉であるにもかかわらず、サンウォンは迷いなく「ビッチ!」を連呼するわけで、今初めて出会って少しの会話をしただけの相手に、この上ない侮辱の言葉である「ビッチ」を安易に選んでいるのであり、その彼の短絡さが面白いんだと思います。しかも「ビッチ」は現代では「尻軽」などの性的にだらしがないという意味はほとんど消えて、単に「嫌な女」という意味で使われているらしいのですが、この場面での「ビッチ」は、「尻軽」という本来の意味のほうにも言われた本人に思い当たるフシが若干あったことが後から明らかになり、それがまたじわじわきます。今「ビッチ」って人生最多で言いました。

他にも、加瀬亮がうっかりヨンソンと寝てしまう場面で、ヨンソンは韓国女性らしく(?)「Do you love me?」と聞いたりしていて、あまり簡単に「愛してる」などとは言わない(それは本当にあなたを愛し始めたから、という説もあり)日本人であるモリも、韓国女性と英語とに押されて「I love you.」などと言ってしまったりしています。ここらへんのズレがホン・サンス流に昇華されていて面白かったです。まぁ、一番生きてたのはやっぱりビッチの場面だと思うし、それでもやっぱり韓国語のほうがリズムが良くて面白いとは思ってしまいましたが。しかしこのアイラブユー場面での加瀬亮のラブシーンは結構濃厚でしたね。満たされましたよ。加瀬亮の濃厚なラブシーンって今まであまり観たことがなかったので、たとえそれが真の愛情表現ではない、うっかりワンナイトラブでのラブシーンであろうと、なかなか満たされました。

話ずれましたが、この映画はそういう「英語で話す韓国人」「韓国語で話す韓国人」「英語で話す日本人」「韓国語で話すアメリカ(?)人」などの、母語でない言葉による会話でほとんどが構成された映画なわけですが、そんな中、英語を使っているからなのか、私はちょっとモリの言動に、日本人としては異質ではないかと思う場面がありました。
まず、宿主の甥にだけ朝食が出されているのを見て「ずるい」とクレームをつける場面。日本人はまずそんなことしないのでは。普通に納得するか、一人でブツブツ言うか、帰国してからネットに書きこむのが日本人だと思います。やっぱり韓国にいて英語を使っていると挙動まで変わってくるのでしょうか。あと、店でヨンソンの恋人に仕事は何をしているか聞かれてバカにされる場面。モリはムカついて、サービスで出されたケーキにまだ手を付けていないにもかかわらず「帰る!」と言って店を出てきてしまいます。これもなかなか日本人がとる行動ではないように思います。モリのように穏やか風の人ならなおさら。しかしこの映画の中で、モリは「日本人という総体や韓国人という総体は無い。良い人もいれば嫌な人もいるし、人によって違う」ということを語っているので、これが監督のメッセージだとしたらモリもまぁ所謂「日本人らしさ」と違って良いわけですが。そういえばラスト近く、サンウォンに「君は韓国人みたいだ」とか言われてましたしね。

ビッチについて書き過ぎましたが、この映画の特徴だと思ったことの二つ目、時間軸について書きます。この映画、実はモリがクォンに宛てて数日にわたって書いた手紙をクォンが読んでいる、その内容の再現なんですよね。クォンはモリからの手紙を、最初の1日目の分を読んだあとで床に落としてしまい、ページの順番がわからなくなって、わからないまま手紙を読むことになります。映画はこのクォンが読んだ順番に展開されるので、いきなり話が飛んだり、逆に戻ったりします。それが「あ、そういうことだったのね!」という具合に、だんだんパズルのピースが埋まっていくような構造になっていて、頗る面白いです。こういう構造は最近観たものだと『FORMA』(坂本あゆみ監督。最高に面白かった。感想はこちら)に近いと思ったのですが、でも『FORMA』に比べるとサスペンス的要素はゼロで(比べなくてもゼロ)、にも関わらず、なぜだか続きが気になるように出来ています。

そして、ホン・サンスならではなのかなぁ、と思うのは、みんな自分にとってのまっすぐな時間軸を生きていて、それに沿って色々な出来事が起こったりしているわけですが、そこにちょっと登場した人がいたとして、自分はその登場人物が生きている時間軸のうちほんの断片を見ているに過ぎないのだということを、この映画を観て改めて感じました。自分の人生の時間軸は自分にとってしかまっすぐの線にはなっていなくて、他人から見れば自分なんて断片なんだと思います。それは、モリが宿を出てビッチ騒動前の家出娘とすれ違う場面が、ビッチ騒動が描かれた後で映し出されたときに強く感じました。モリにとって家出娘はただの断片で、家出娘がここに来るまでにあったであろう色々な出来事なんかはモリの生きてきた時間には存在しないんだよなぁ(勿論逆も然り)、ということが、なぜだかすごく感慨深く感じられました。だから、自分にとってのまっすぐな時間軸、というものの存在自体も、そもそも危ういもので、それはモリが持ち歩いていた吉田健一の『時間』に、もしかしてそういうことが書かれているのかもしれないと思いました(読んでいないのでわかりませんが・・・)。

とまぁこんなことを考えさせてくれたのに、どこかファンタジックでコミカルで、しかも67分という潔さ、凄いなぁ。あ、あと今回はわりとロケーション綺麗でした。

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