『イラク チグリスに浮かぶ平和』:ニュース映像だけでは知ることのできないこと

Peace_on_the_Tigris

2014.11.9 ポレポレ東中野

『イラク チグリスに浮かぶ平和』/綿井健陽/日本/2014 ★★★★★

この映画は、イラク戦争の始まった2003年から2013年までの10年間、バグダッドに住む一つの家族を、フリージャーナリストの綿井健陽氏が定点観測的に取材しつづけ、それを綿井氏自身が編集・監督してドキュメンタリー映画にしたものです。観終えた感想としては、まずとにかくショックでした。帰りの電車の中では「何かできることはないのか」と、そればかり考えました。私は昔からボランティア的な活動が苦手で、自分のことばかり考えて生きてきたので、そんな自分がそんなことを考えたことに驚きもしました。でも、「何かできることはないのか」と考えて、色々調べたりもしましたが、実際何かするのかどうか、それはまだわかりません。多分、何もしないのではないかと思います。それを考えると、すごく嫌になってきます。

この映画はまず、イラク戦争開戦数日前である2003年3月15~19日のバグダッドの様子をスクリーンに映します。綿井氏が、商店を営む一般の人々に「フセインについてどう思いますか」「戦争が起こりそうですが逃げないのですか」などと話しかけます。人々は「フセインは偉大だ」「逃げないよ」などと話し、答え終わると、仲間との雑談に戻ったりします。話している内容が本心なのかどうかはわかりませんが、少なくとも武装しているわけでもなく、家族がいて、仲間がいて、商売の売上を気にしたりしている普通の人々です。

翌日の夜、そんな彼らの住む地域に爆撃が始まります。綿井氏の滞在するホテルの窓から、次々と建物が燃え上がっていくのが見えます。「今、空爆が始まりました!」という綿井氏の叫びのようなレポートが、臨場感などというものを超えて、脳にガツンと響いてきます。先にそこに住む人々の姿を見せられているので、「あの人は無事なのか」「あの店は破壊されてしまったのではないか」などと気が気ではなく、頭がグラグラするようで、涙が出てきました。「たかが映像でそこまで?」と思われるかもしれませんが、これは本当です。私が特別感受性が強いとか、その時強まっていたとか、そういうわけでもなく、この場面では周りの人たちもみんな鼻をグズグズ言わせていました。「泣かせる映画」でもないのにこんなに観客が泣いているのは初めて見た気がします。

日本のメディアでも、「爆撃により○人が死亡」「市民の家が破壊され・・・」など、一般市民が被害を受けたことや、その凄惨な状況が伝えられはします。でも、イラクに知り合いのいない多くの日本人にとっては、そうした被害を受けた人々について、「爆撃された」ことで初めてその存在を認識することになるので、はじめから「爆撃された人たち」です。でも本当は、「こういう家族で住んでいて、こういう暮らしをして、こういう考えを持っていた人が爆撃された」わけで、当然ながら爆撃される前からその人たちの生があって、日常があるわけです。このことは頭ではわかっていても、なかなかピンと来るものではありません。それを思い知らせてくれただけでも、もうこの映画の観る価値は測り知れません。

その後綿井氏は、氏と同い年の、爆撃によって3人の子どもを失ったアリ・サクバン(当時31歳)の一家を追っていきます。生き残った子どもや、アリ氏が子供をしつける様子、その子にどんな大人になって欲しいかを語る様子、両親との食事、爆撃で仕事を失って生活に苦しむ様子、そして亡くなった3人の子どもの急拵えの墓の前で泣く様子など、彼らの生活に寄りそってカメラを回します。しかし途中、イラク情勢が非常に悪化して入国すら難しくなり、やっとそれが多少緩和されて(それでも一人で通りを歩くことは不可能なほどの治安の悪さ)6年振りに一家に会いに行こうとしたとき、アリ氏が5年も前に亡くなっているという事実を知らされます。

イラクでは、ほとんどの人が戦争や爆撃や銃撃で家族を一人は亡くしているそうです。人が人によって殺されることが日常になっている国について、日本人がどれだけのことを知っているかというと、ほとんどの人は全然知らないと思います。イラクとイランを混同していたり、「なんか怖い国」「治安の悪い国」「イスラム教って怖い」のようなイメージばかりが共有されているのではないでしょうか。私も、中東情勢に興味を持ち始めたのはつい最近なので、ほぼこのような状態でした。しかし、2003年のイラク空爆の際、日本は自衛隊を派遣しています。「イラクの国家再建を支援するため」という、アメリカと同じ大義名分を掲げて、この戦争を支援しました。日本人は、せめてそれを覚えているべきではないかと思います。この映画の中でも、そのことに触れるイラク女性が登場します。監督が日本の事を質問したわけではなく、自ら、別のイラク人(女性の父)と話しているところに割って入ってきて、日本の自衛隊のことに触れていました。

フセインが良かったわけでは決してないとは思いますが、アメリカの介入によって情勢はさらに悪化したと、イラクの一般の人は口をそろえて言います。それに、フセインの像を倒したとき、像の顔にアメリカの国旗をかけたりして、アメリカ人というのはどうしてこう独善的なのかと、怒りを覚えます。この映画を見ると、アメリカという国のことがすごく嫌いになります。最低な国だと思います。日本はアメリカの犬だから、この戦争も支援して、日本も最低だ。と、こういう気分になります。

しかしふと考えると、今、私がこんなふうに週に何本か映画を見たり、それによって世界のことを少しだけ知ったり、本を読んでみたり、または毎日単調だとかなんだとか言いながら平凡に暮らしていられるのは、アメリカと仲良くしているお陰でもあるのだと思うと、思考が停止してしまいます。自分がどうしたいのか、よくわからなくなります。だから、何かできないか、と、そればかり考えました。実際は何もできないと思います。できるのはわずかな募金くらいでしょう。それを考えると、本当に嫌になります。

でも、命がけで撮られたこの映画は、観て本当に良かったと思います。日本人はみんなこれを観るべきじゃないかと思います。今年の東京国際映画祭で、ビザの問題で来日がかなわなかったイラクのシャフワーン・イドレス監督からのメッセージに、「イラク人は、国内ではテロの恐怖に怯え、国外からはテロリストとして見られている」という言葉があったことを思い出しました。まずはイラクのことをきちんと知ろうとすることから始まるのであれば、そのスタートぐらいには立てたかもしれない、と思います。この映画はそのきっかけをくれました。

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