『やさしい人』:メロディの決断の理由と、あたたかい夕飯

tonnerre

2014.11.8 ユーロスペース

『やさしい人』/ギョーム・ブラック/フランス/2013 ★★★★★

デビュー作である短編『遭難者』、その続編の中編『女っ気なし』の2作から、エリック・ロメールやジャック・ロジェと雰囲気の近い「バカンス映画監督」という印象の強かったギョーム・ブラックの新作が、フィルム・ノワール色の濃いジャンル映画であるとのうわさを聞いて、観たくてうずうずしていたのですが、公開から2週間経って、やっと観ることができました。これは東京国際映画祭とぶつかってしまったためで・・・、映画祭と少なからず客層が重なると思うので、「まだいつでも観られる」こちらを後回しにしてしまった人も多いのではないかと勝手に予想しています。初日も満席にならなかったとか。その後たくさん入っていると良いのですが。

それはまあ置いておくとして、この映画、大傑作でした!夏の『女っ気なし』、冬の『やさしい人』です。しかも、噂のフィルム・ノワール色は確かにあって、でもすごくびっくり、というよりは、かなり自然にその流れになっていったし、結末もこれまでの作風から伺えるこの監督の核みたいなものはしっかり感じ取ることができて、素晴らしいものでした。

【あらすじ】

パリのロックミュージシャンであるマクシム(ヴァンサン・マケーニュ)は、制作活動に専念するため、2カ月間限定で父(ベルナール・メネズ)の住む実家のあるトネールという田舎町に帰省する。彼はミュージシャンとしてある程度売れてはいるが、頭は禿げて体型もたるみ始めた中年男で、(一見して)独身・彼女なしである。そこへ地元紙の記者見習いであるメロディ(ソレーヌ・リゴ)が取材に来る。若く美しく、みずみずしい果実のような彼女にマクシムは魅かれ、彼女もまんざらではなさそうである。そして二人の蜜月が始まるが・・・。

【感想(※ネタバレあり)】

ヴァンサン・マケーニュは、前2作と同じく「冴えない中年男」の役どころです。といっても前回は田舎町に住む全くの一般人だったのに対し、今回はパリのロックミュージシャンで、「都会から来た男」です。ちょっとかっこいいはずです。しかし禿げているのにロン毛だし、体型も少しお腹が出始めているし、何より「俺はロッカーだぜ!!」という漲る自信みたいなものが感じられないので(そもそもロッカーといっても革ジャン着てるわりに音楽性は内省的なSSW系だし)、やっぱり到底かっこいい役どころではありません。といっても、この監督の映画(まだ3作目とはいえ)に、ザ・かっこいい男というものが登場したためしがないので、こんなものなのかもしれません(何が)。

相手役のソレーヌ・リゴは、女優にしては上半身が少し肉感的で、それも透き通るような肌に若々しい肉の付き方なので、かえって魅力を増大させています。赤いリップがよく似合うし、笑顔がみずみずしくて弾けるようです。まさに「若さの権化」という感じです。ただ、個人的には、役からいうともう少し陰のある、ジャクリーン・ビセットみたいな感じの女優さんでも良かった気もしましたが(それか前作の娘ジュリエットを演じたコンスタンス・ルソーとか)、それだと映画の印象がだいぶ変わってきますね。何より、前作のヒロイン(母親のほう)も、年齢もありますがかなり肉感的なタイプで、対する娘のほうはかなり華奢でした。この監督は、主人公が恋焦がれる相手としては肉感的なほうを選ぶのかもしれません。

この映画は、恋愛が主軸で、その始まりから終わりまでを追う映画です。中年男が若い娘にハマって、蜜月を過ごすものの連絡が途絶えて、元彼とよりを戻したことがわかって・・・という、恋愛では定番の流れですが、マクシムは、執拗にキスを求めたり、元彼のことをググったり、連絡の途絶えた彼女に絶え間なく電話したり、彼女が乗っているという電車が到着する時間に花束を持って迎えに行ったりと(彼女が乗っていないことには多分うすうす気づいていながら)、痛々しくて観ていられなくなります。ですが、この映画には恋愛のほかにもう一つ、「父子関係」というストーリー上の軸があります。私はこれがすごく良かったと思います。恋愛だけだったら、かなり苦しい、年甲斐もなくロマンチストな男の、苦しいだけの映画になっていたように思います。でも、「父子関係」というもう一つ平行して進む軸があるために、一気に映画に広がりが出ていると思います。これが効いて、観る者の心に深く余韻を残すラストになっています。

もちろん、父を演じているのが個人的に大好きなベルナール・メネズだということも影響があるとは思います。彼が演じる役は、ジャック・ロジェの『オルエットの方へ』にしろ『メーヌ・オセアン』にしろ、またトリュフォーの『アメリカの夜』にしろ、必ずどこかコミカルで、ちょっと女子達にないがしろにされがちなキャラで、でもすごく真面目で、まともで・・・という、好感度しか無いような役でした。特に、『オルエットの方へ』で、彼が丹精込めて作った手料理を女子達が全然食べない場面なんかは憤りを感じたほどでした(笑)。

で、ほとんど顔が変わらないまま70歳になったベルナール・メネズですが、今作の前半では息子の彼女にトイレ中の姿を見られたり、スケート選手みたいな服装で家の中をウロウロしたり、謎の機械で庭の枯葉を飛ばしたりと(飛ばしてどうするのか謎)、やはり映画のコミカルな要素を淡々と担っています。しかし中盤、メロディとの関係がうまくいかなくなってきたマクシムが、いらだちに任せて父の過去の不義を問いただすと、「お前は人を理解しようとさえしない。批判するだけだ」と一蹴し、感情をあらわにします。この場面で、恋愛の雲行きの怪しさと、これまでの父子の関係の不安定さが交叉します。父と息子が似たような恋愛をしていることがわかってくるわけです。というか、二人はもともと似ているのだと思います。父親のレコードコレクションがチラッと映りますが、音楽好きは遺伝だというがわかります。そして息子が遂に起こした事件を機に、確執が解けることとなります。

事件を起こしたとき、メロディは始めは激しく抵抗するものの、徐々に緊張を解き、マクシムと一緒に寝たりしてしまいます。この時メロディがマクシムと寝たのは、『女っ気なし』でジュリエットがシルヴァンと寝たのと少し似た心境だったのではないかと思います。心安らぐ場所を必死で求めている男に対して、たとえ仮であっても自分が提供してあげようという気になったというか・・・。もちろんメロディの場合は、よりを戻した恋人イヴァン(ジョナ・ブロケ)が束縛する男で、自分を所有したいだけだと感じていたこともあったと思いますが。警察からの事情調書で、イヴァンと決定的に決裂することになる答えを選んだのもそういうことではないかと思います。あの選択はすごく好きです。そもそもマクシムと付き合うことになったのも、イヴァンとの関係に息苦しさを感じていて、そこへパリからちょっとした有名人が現れて、彼のファンだという人が彼に対する憧れを語ったりして、ちょっといいかも、しかも自分に気がある。ということで、ほとんど流れに身を任せただけだったように思います。でもマクシムの悲痛なまっすぐさを見て、イヴァンにも、そんな自分にも、決別するという選択だったと思います。まあイヴァンもかなり自分に自信の持てない孤独な男なので気の毒ではありますが・・・。

作風としては、相変わらず説明がほとんど無いし、長回しだし、コミカルな部分がありつつ人の心に潜む孤独をあぶり出すような感じで、前作と作家としての核の部分は同じだと思います。ただ、脚本がちょっと派手というか、拳銃なんかが出てきて激しい展開になるので、そこが前作とは全然違うのですが、でも拳銃の登場のさせ方(これも人の抱えた深い悲しみと一緒に登場していた)は自然だったし、フラれたメールを受信した後のマクシムの激昂と狂気(ヴァンサン・マケーニュは一発であの迫真の演技をしたそうで、凄い!)を見ると、ごく自然な展開に思えました。

というわけで、ギョーム・ブラック映画でまさかのハラハラドキドキも味わえてしまったし、犬も可愛いし、何よりベルナール・メネズが作った料理を今回は大事に食べる様子であったし(笑)、大満足です。あのラストは、一面の雪景色からの場面転換なので、キッチンが一層温かく見えました(一緒に歌うのも良かった)。監督は、次は10代の友情をテーマにした脚本を準備しているそうで、楽しみです!

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