『フランシス・ハ』:ヒロインがアラサーなところに“今”がある

frances-ha

2014.9.23 ユーロスペース

『フランシス・ハ』/ノア・バームバック/アメリカ/2012 ★★★★★

面白かった!若さと、それによるグダグダ感と疾走感が白黒映像の中で弾ける傑作でした。何よりタイトルが最高(後述)!正直、オシャレ系ヌーヴェルヴァーグ焼き直し映画かと思って観る気が起きなかったのですが、よく見ると監督のノア・バームバックってウェス・アンダーソン映画の脚本家じゃないですか、と気付いてから俄然観たくなった次第です。以下、ネタバレありで感想を書きます。

27歳のダンサー見習いフランシス(グレタ・ガーウィグ)は、ブルックリンで同居している大親友ソフィー(ミッキー・サムナー)に「別の友達とトライベッカに住む」と、突然引越しを宣告されます。しかもその後ソフィーは彼氏の転勤により日本へ移住することに。一人になったフランシスはソフィーの友達の家に居候しますが家賃が払えずまた家探し、ダンサーとしても認められず、居場所探しの(心身の)旅が始まります。

落ち着かない主人公がなんとか少し落ち着くまでを、日常とちょっとした出来事の連なりで描くスタイルはヌーヴェル・ヴァーグ(特にトリュフォー映画)を想起させるし、ニューヨークの白黒映像やちょっとスノッブな会話中心の作りはウディ・アレンの『マンハッタン』だし、とにかくよく走る主人公はカラックス映画だし、音楽に至ってはそのままそれらの映画サントラから引っ張ってきているしで、もう露骨にオシャレ系シネフィル好みな嗜好をあらわにしているのですが、それでも嫌味じゃないのが凄いです。むしろ露骨すぎてダサいぐらいで、それが少しだけ開いた窓からふわっと舞い込む風のような居心地の良さを作りだしていて、まるでマジックです。

しかも、それでもやっぱり間違いなく現代の映画だと思わせてくれるところがこの映画の特筆すべき点の一つです。その一番の要因は、27歳という主人公の年齢にあると思います。ヌーヴェル・ヴァーグにおいてのこのタイプの主人公はもっとずっと若かった(10代後半~20代初期)し、男性であることが多かったです。しかしこの映画のように、27歳にもなって「自分探し」をする女子、というのはやたらリアルで、「今」を感じます。アメリカも日本と同じく晩婚化が進んでいるそうですが、この映画の舞台はニューヨークなので、アメリカの中でもかなりそれが当てはまるのではないかと思います。

そんな地に足のつかない、でもそれほど若くないフランシスですが、ダンサーという職業柄か、よく動きます。走ったり踊ったりふざけて喧嘩をけしかけたり、とにかくじっとしていません。身近にいたら「落ち着きのない奴・・・」と思うと思いますが、スクリーンの中にいる限り、それが映画の持つ躍動感や疾走感にそのままつながっているので観ていて楽しいです。また走るときのサントラが先述の通りジョルジュ・ドルリューとかデヴィッド・ボウイなので、耳が大喜びしてしまいます。しかもパッと流れてパッと消えるので、それが映画全体のリズムを作っているし、「もう少し聴きたい・・・」と思った所で場面が切り替わるので、しつこくありません。その積み重ねが絶妙なバランスで機能しているんだと思います。

友人たちとの会話も見どころです。冷静で現実的なソフィーと夢想家のフランシスというコンビの蜜月、決裂、再会はスリリングでありながらも妙に現実味があって、特に再会は泣けるぐらい良かったのですが、蜜月時代のやり取りは、おそらくそうした濃密な友人関係自体に個人的に親近感を持てなかったからだと思いますが、正直ピンときませんでした。それよりも、ソフィーと分かれてからの、別の友人宅で食事をした場面の会話などが、フランシスの「間違ってないけどちょっとズレてる」感じがよく出ていて秀逸でした(ちょっと『緑の光線』のヒロインっぽかったかも)。特に、赤ちゃんを産んだばかりの初対面の女性を前に、その赤ちゃんの写真を見て「なんて可愛いの」などとひとしきり褒めたあと(たぶんこれは本心)、「でも子供を産んだ人って時々“これまでは自己中心的に生きてきたけど、今では子ども中心なの”なんて言うけど、その子どもだって自分の分身なんだから結局同じよね。あなたが産んだんでしょ?って感じ」というようなことを言う場面が個人的にツボでした。言ってることは一理あるけど、今この場で言うべき話じゃないし、しかも子どものいない(彼氏すらいない)アンタが言う話じゃないだろう・・・という感じで、絶妙なイタさがよく出ていました。しかも、このセリフは「結婚して子供を産むなんて、少なくとも今の私には現実味がないしまっぴらごめん」というフランシスの心理が言わせたものだと思いますが、それを言っている場が、「プロのダンサーになれなくて家賃が払えず友人宅を転々としていて、拾ってくれた友達の家での食事の場」なので、フランシスのダメっぷりがこれでもかというぐらい前面に押し出されて伝わってきます。それなのに、なんだか憎めなくて妙に愛すべき奴として映るのは、ソフィーと分かれた孤独もそうですが、それと同じくらい(というかそれも含めて)、フランシスが何事にも全力疾走するタイプであることが、文字通り全力疾走することによってしっかりと描かれているからだと思います。

で、この映画の何が一番素晴らしいかというと、タイトルです!『フランシス・ハ』、「ハ」ってなんだ?と思っていましたが、ラストでそれが明かされます。計画性がなく、何をやっても中途半端なフランシスが、仲たがいしたソフィーとの邂逅とふたたびの友情に支えられて、やっと仕事を始め、家を借りて自立するのですが、引っ越してきたその日、ポストの表札に自分の名前を書いたカードを入れます。自立の象徴的場面ですが、計画性のないフランシスは、プレートのサイズなど測らず適当に名前を書いたので、プレートから覗いているのは「Frances Ha」まで。フルネーム全部は見えません。相変わらずダメだね、半端だね!という、なんともキュートで粋な終わり方でした。最高!

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