『マダム・イン・ニューヨーク』:フランス男がインド女性に惚れたら

madam in newyork

2014.7.29 シネスイッチ銀座

『マダム・イン・ニューヨーク』/ガウリ・シンデー/インド/2012 ★★★☆

貴重な平日休みは水曜レディースデーに取りたかった・・・けど仕事の都合上この日になり、まぁでも平日の昼間に悠々と映画を見てやれ!ということで観たうちの一本がこれです。いつも(土日に観るとき)は前日にネットでチケットを取るか、そのシステムのない映画館のときには1時間近く前に劇場へ行って券を買っておくことにしているのですが、今回は平日の昼、なんたって平日の昼!ということで、上映開始30分前ぐらいに気軽に行ってみると・・・チケット売り場には長蛇の列が。この後絶対パスタとか食べるんだろうな、という感じのマダム(イン・ギンザ)たちがひしめきあってました。出遅れた私は端の席しか取れませんでしたが、まぁ見づらいというほどではなかったので良かったです。この映画、わりと評判なのに東京ではシネスイッチ銀座のみでの上映なんですね。そりゃ混みますね。満席でした。平日の昼なのに!

それにしても、なぜあんなにもマダムたちがひしめきあっていたかというと、この映画がマダムたちにぴったりの内容だからだと思います。主人公はインドのごく普通の(といってもたぶん富裕層の)主婦シャシで、典型的な良妻賢母です。夫が外で仕事をし、子どもを学校へ送り出して、自分は家で家事をします。外にはあまり出ません。子供の通う学校では英語が使われており、シャシは英語ができないので娘の三者面談にも夫に行ってもらっています。娘もそれを望んでいます。外に出て働いていて、英語の話せる父のほうを娘は頼っているようです。そんなある日、シャシのニューヨーク在住の姪がニューヨークで結婚式を挙げるというニュースが。シャシは手伝いのために家族と離れて一足先にニューヨークへ旅立つことになります。

映画全体の構成は実にスタンダードで、シャシの現状を伝える序盤、話の転換が訪れ舞台がニューヨークへ移り、そこで味わう挫折と新しい出会い、その中での成長が描かれ、ラストはそれらを結実させて後味良くまとめており、万人に好かれる映画であることは間違いありません。インド映画らしく一応音楽シーンもあり、観終わったあとは、「いい映画だったな」と素直に思える映画です。まぁ、ラストまでわりと簡単に予想できてしまうので物足りなさはあるのですが、でもフランス男ローランの存在が、ちょっと先を読めなくさせる人物として機能していて良かったと思います。

自分の国はおろか、自分の家からもあまり出なかったような保守的なインド女性が、ニューヨークという大都会に一人放り出されたときに味わうアウェイ感はすごくよく出ていました。アメリカには行ったことがないのですが、映画を観る限り多様な人種が行き来しているようなので(当たり前ですが)、見た目で目立つようなことはほとんどないと思うのですが、シャシは思いっきりサリーを着ているのでちょっと目立ちます。そして言葉の壁、これが「あるある」という感じで、観ていてほんと可哀想になりました。たとえば「水をください」と一生懸命英語で言って、店員に「炭酸入り?炭酸なし?」と早口で聞かれ、聞き取れずに「水だけです」と答えてしまうくだりなんか、かなり実際にありそうです。だってまさか水が欲しいと言ってるのに炭酸入りかどうか聞かれるなんて思わないし・・・(炭酸入りの水が売ってるのって欧米諸国なのでしょうか?ヨーロッパには売ってるけどアジアには売っていないような。シャシのこの対応を見る限りインドも売ってないのかな?)。でも一番の問題は、実は言葉の壁ではありません。シャシは外に出ていない女性だったので、自信がなくてオドオドしていて、それが悪循環を生んでいました。この映画は、英語ができない主婦が英語を習うことによって新しい出会いを手に入れて、英語が話せるようになることで意志表示をし、自信を持つようになる過程を描いています。一見「英語」が主役ですが、英語はツールであって、この映画の語っている根本のところは女性の自立とかそういうところです。それはオープニングでしっかりわかるように描かれています。なので、シャシが英会話教室のレッスン料を、自分がお菓子作りで稼いだお金から出したという点は重要だと思います。

異国でのアウェイ感もよく出ていましたが、「家族内でちょっと馬鹿にされる母」像もすごくよく描かれていました。これはちょっと身につまされる部分もありました。私の母も基本的には専業主婦だったので、自分が大人になるにつれてだんだん「母の言動は社会の常識と少しずれている」と思うようになり、イライラしたりとか、かなりしました。この映画の娘もそんな感じで、且つまだ思春期なので言葉が結構きつく、シャシの胸にグサグサ突き刺さってました。多分、どこの家庭でもある程度こういう感じなんだと思います。共働きが普通になってくるとなくなっていくのかもしれませんが。でもこの平日の銀座の映画館を埋め尽くしていたマダムたちは、専業主婦が当たり前だった世代だと思うので、シャシに100%感情移入して観ていたのではないでしょうか。

しかし、インドと日本のどちらが保守的なのかわかりませんが、今の日本の東京に住む者として、専業主婦目線のこの映画が「今」新しいメッセージを発しているとは思えませんでした。私の周りに専業主婦は全然いないし、共働きが当たり前という感覚なので、「まぁ少し前だとこういう問題提起も必要だっただろうね、でも今はまた別の問題があるのでは?」という感想も持ってしまいました。でもそれは逆に言うと、共働きが増えていることにばかり視線が集中して、そこを語ることが「今」求められていることなのだとすれば、専業主婦でやってきた世代の女性たちのことは「語る必要がない」とされて置き去りにされてしまうわけで、この映画はそこを逆に照らしてみせている、ともいえるのかもしれません。

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