『思い出のマーニー』:ジブリ史上もっとも面倒くさいタイプのヒロインが良い

When-Marnie-Was-There

2014.7.20 新宿ピカデリー

『思い出のマーニー』/米林宏昌/日本/2014 ★★★★

スタジオジブリ史上初の「宮崎駿も高畑勲も関与しない作品」ということで、随分注目を浴びている本作ですが、素晴らしかった!個人的には『風立ちぬ』よりも『かぐや姫の物語』よりも良かった!まっすぐで、繊細で、美しくて、優しい映画でした。

12歳の杏奈は幼い頃に家族を亡くし、養母に引き取られて暮らしていますが、誰からも心を閉ざしており学校でも浮いています。杏奈のそんな様子と持病の喘息を心配した養母が、北海道の田舎のほうに療養しに行くことを勧め、ひと夏を養母の知り合いの家で過ごすことになります。そんなある日、近くの入り江を訪れた杏奈は向こう岸に古い洋館を発見し、なぜか強く魅かれます。そしてそこでマーニーという不思議な少女と出会い、杏奈は少しずつ変わっていきます。そんな「ひと夏の思い出」ものです。

映画は、このマーニーという不思議な少女の正体が明かされていく過程と、マーニーとの関わりをきっかけに杏奈が少しずつ成長していく過程が、重なり合って進行していきます。

冒頭、杏奈が学校で孤立している様子が描かれますが、ここは秀逸です。杏奈の内気で自意識過剰な思春期女子っぷりがすごく良く出ていました。
美術の授業(?)で、他の子がグループでおしゃべりしながらスケッチをしているところ、杏奈は一人で黙々と描いています。そこへやってきた先生が「描けてるかね?」と言うのですが、杏奈は「ちょっと失敗しちゃったみたいで・・・」とゴニョゴニョ言います。先生がさらに「どれどれ見せてごらん」と言うと、やっと赤面しながらスケッチブックを差し出そうとします。が、そのとき後ろから転んだ生徒の泣き声が聞こえてきて、先生はそちらに気をとられ、「なんだなんだ」と言って杏奈の絵を見ずに立ち去ってしまいます。杏奈は顔を真っ赤にして、泣きそうになりながら「私は私が嫌い。」と言います。
なんという自意識過剰っぷりでしょうか。杏奈は絵に自信があって、褒めてもらいたいと、誰よりも強く願っていたのだと思います。でもストレートにそれを出すことは出来ず、だからこそ余計にその気持ちは内側でどんどん濃度を増しながら膨張します。「私は私が嫌い。」は、「私は私が大好き。」とほとんど紙一重で、それを誰にも言ってもらえないこと、それなのにそれを求めている自分が嫌いなんだろうな、と思いました(キャッチコピーの「あなたのことが大すき。」は、言わずもがなこれと対になっています)。この場面でそれが全部わかるように出来ていて、この学校でのスケッチ場面はすごく良かったです。

そんな精神状態の杏奈が療養先で不思議な少女マーニーと出会うわけですが、その謎めいていながらも明るく親しみやすい雰囲気から、杏奈にとってマーニーは憧れの存在となります。杏奈とマーニーがどんどん仲良くなっていく様子はなかなか官能的で、ちょっと百合的なきわどいものを感じたりもしたのですが、最後まで見るとそれは違った、とわかります。でも絶対意図的に百合っぽくしたと私は思いますが・・・。でもとにかく、二人が仲良くなっていく過程でお互いの境遇を語り合う場面があり、それを経て杏奈の「ワタシは世界一不幸な少女だ」という自意識が薄れ、代わりに「マーニーを守ってあげなきゃ」という意識が芽生え、立場が逆転します。ここはジブリの面目躍如で、この映画においては暴風雨の中のサイロの場面で、少女が成長する様子をガッツリ描きます。この暗くボロボロのサイロに二人が入っていく場面はなかなかホラーで、ふと振り返ったらマーニーの顔がいきなりミイラになってたらどうしよう、とかヒッチコックの『サイコ』的展開を妄想したりしましたがそれはもちろんありませんでした。でもここは結構怖い。怖いけど、ここが杏奈の成長の最大の山場です。

で、結局マーニーは誰なのか、という謎が最後には明かされるわけですが、これは少し勘を働かせればわりとすぐ読めます。勘の良い人ならけっこう早くわかるのではないでしょうか。私は鈍いほうなのでズバリ明かされる直前で気付きましたが、こういう仕掛けがあるのもジブリにしては新しいかもしれません。でも、入り江の美しさや水の音、そしてマーニーの風に揺れる髪など、確かにこれまでのジブリが築き上げてきたもののDNAみたいなものを感じたし、それでいながら宮崎駿の焼き直しでも決してなくて、あたしゃ嬉しいよ、などと言うとかなり偉そうですが、でもジブリファンはみんな嬉しいんじゃないかと思いました。

あとは潮の満ち引きで幻想と現実が切り替わる設定が個人的に好みなのと、時空が歪んだのだとわからせる装置がレコードプレイヤーだったのが良かったのと、ボートの上でマーニーが立って手を広げる場面はタイタニックへのオマージュなのかどうなのか確かめたいのと、「あなたの好きなクイーンメリーを淹れるわね」というセリフにガラスの仮面へのオマージュを見たのと(でも周りは誰も笑ってなかった…)、サヤカちゃんがメイに酷似しているのと、「〜なのよ」という北海道の女らしからぬ話し方をする女が出て来て違和感を持ったのと(北海道の女は「〜なんだぁ(語尾上がり)」、「〜したさ」です)、そのわりには七夕のときに近所を周ってお菓子を集めるという函館に住んでいたときに実際やってた風習がでてきたので変なところで忠実だなぁと思ったのと、プリシラ・アーンの主題歌がぴったり合っていてすごく良かったのと・・・細かい点はたくさんありますがとにかく良かったです。プリシラ・アーン、良いなぁ。でもプリシラ・アーン良かったなぁと思いながら帰りの電車の頭の中で鳴っていたのはShelby Flintでした。Shelby Flintほんといいなぁ・・・。話それたので終わります。とにかく良かった!

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