アデル、ブルーは熱い色

adele

2014.4.5 新宿バルト9

『アデル、ブルーは熱い色』/アブデラティフ・ケシシュ/フランス/2013 ★★★★★

素晴らしかった!179分と長尺ですが全然長さを感じません。画面が生き生きして、生気がみなぎってます。主演二人の演技がこれまで見た中でも指折りの名演で凄いです。カンヌのパルムドールは伊達じゃない。

まずヒロインのアデル(画像左)の無防備さが良いです。髪もボサボサで、ほとんど崩れかけたおだんご頭。それフランス娘だからサマになってるけどただのボサボサ頭ですよね、という感じです。あと化粧っ気もないし、食べ方とかもあまり美しくないし、ぼんやりしてるときは口が半開きだしで、隙だらけなんですが、だらしがないという感じではなくて、頑張ってなさすぎ、という印象です。チャラチャラしてない、といえばそっちかもしれません。「恋や自分を着飾ることに対して貪欲でない女の子」という造形なのでしょう。

対するエマは、髪が青いしファッショナブルで、美術学校の学生という設定通りの見た目です。あと中性的で、アデルと違って生粋のレズビアンなので、それもその通りの見た目です。エマのほうがアデルよりも年上で知識も経験も豊富なので、エマがアデルをリードするような関係になっていきます。

映画の前半は、アデルがエマにどんどんハマっていって、どんどんレズビアンになっていく様子が丁寧に描かれています。最初はトマというイケメンと付き合ってみたもののピンと来ずに振ってしまうのですが、振った後でちゃんと辛さで泣いたりしているところが良いです(トマ、かなりのイケメンだったので可哀想だった・・・)。クラスの女子達との会話の場面も面白いし、そこにアデルがなんとなく乗っていけていない感じも良くでています。そして運命的に出会ったエマという女子にハマっていくまでが自然に、ちゃんとグラデーションで描かれているのでこちらもスッと入っていけます。最初はドキマギしていたのに、どんどん心を開いていくアデルが可愛いし、エマもきっと可愛いと思っただろうな、というのがわかります。二人が逢瀬する場面の光の美しさといったらありません。レズビアンの伏線はクラスメイトで同じグループの綺麗な女子との場面で張られてますが、この女子、なんとアレハンドロ・ホドロフスキーの孫娘だそうです。美人です。ホドロフスキー、やったな!

で、二人の蜜月のピークの時期にエマの展覧会が行われ、アデルが料理を作ったりお酒を注いだりして、来客(エマの友だちや美術関係の知人たち)をもてなします。その時の来客の会話が、美術に関する解釈や哲学的なテーマだったりして、アデルは文学は好きですが絵画はピカソしか知らないようなタイプなので全然入って行けず、疎外感を覚えます。でもその時の彼らの会話は、クリムトだとかシーレだとかで、正直ちょっと中二病感があります。そしてアデルに「あなたは何をしてる人なの?」と質問しますが、エマがサッと入って「彼女は文章を書くのよ」と答えたりしています。アデルは日記のようなものを書いていて、文章力はあるらしいのですが、教師として働いている堅実なタイプです。でもそこで「文章を書く人」というクリエイティブな言い方を、まるでフォローするかのようにして言うエマは、無自覚ではあっても芸術家至上主義者なんだな、ということがわかります。まぁ、若いんですね。で、だんだんそういう「住む世界の違い」が原因で二人の関係は破綻していきます。しかしパンフレットを読むと、ケシシュ監督が「アデルは労働階級でエマはエリート階級。この社会的格差が彼女たちの決別の原因となった」と語っていて、ちょっと驚きました。教師って一般的には知的な層なんじゃないんですか?そして画家というのも、成功してそれで食べていけるくらいに有名になればそりゃあ非労働者でエリート階級でしょうが、だいたいの場合そこまで成功しないし、そうすると教師よりも貧乏なイメージです。エマも新進画家なのでまだビッグなわけじゃないし、だったらアデルのほうがエライのでは、という気がちょっとしました。まぁでもここで監督の言う階級というのはむしろ中身のことを言っていて、たぶん貧乏とかそういう問題ではないと思うので、その意味では間違ってないとは思いますが。でももしかしたらフランスは日本よりもずっと芸術を大事にする国だろうから、芸術家というと日本でいう医者とか弁護士並みに尊敬される職業なのかもしれません。実際どうなんでしょうか。まぁでもそれは置いておくとしても、二人の破綻の原因としては、私は、アデルにはエマしかなくて、エマには絵があったという、単純にその違いのような気がしました。時間を忘れるくらいに好きなことが他にないと恋人に依存するわけで、アデルはエマに依存し、エマは絵で忙しいし・・・というすれ違いが原因だったと私は思います。先述のパーティーの場面でバプストの『パンドラの箱』の映像が流れてたりして、なんかこの監督もちょっとスノッブ感がある?と疑ってしまいましたが、でもこんなに素晴らしい映画を撮るんだからそんなことないし、そうだとしても関係ないですね。(9/5追記訂正:ケシシュ監督は労働階級の出だそうです。なので、このスノッブ感は敢えてのものである可能性が高いかもしれません。過去の作品でも「階級」をテーマの一つとしたものを撮っており、監督にとって避けて通ることのできないテーマなのかもしれません。この『アデル〜』においてそれを全く感じなかった私は観る目がないか、「階級」に対して敏感になるような育ち方をしなかった幸せな奴なのか…でもやっぱりアデルとエマの破綻理由が階級の違いというのはピンと来ないのですが…。)

二人の関係が破綻するあたりは、アデルもエマも演技が上手すぎて、ほんとに見ていて辛いです。特にアデルは見てられません。でもラストは私は希望として受け止めました。そうだよ、それがいいよ!とアデルに言いたくなりました。そして二人の出会いから破綻までを、一切ダレることなく生き生きと切り取ってみせたこの監督の手腕は凄いです。女同士の愛の物語ですが、全然違和感なく、「愛の物語」として観ることができました。むしろ女同士のほうがラブシーンなんかは綺麗かもなぁ、と思ったぐらいでした。

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