あなたを抱きしめる日まで

fhilomena

2014.3.21 新宿ピカデリー

『あなたを抱きしめる日まで』/スティーヴン・フリアーズ/イギリス・アメリカ・フランス/2013 ★★★★

良い映画を観たなー、という感じです。感傷に走ることもなければ安易な正義と悪の二項対立にしてしまうこともありません。それでいてしっかりと伝わるメッセージがある、力強い作品です。ユーモアもたっぷりなのがさらに良かったです。ユーモアの大半は下ネタによって表現されています。敬虔なカトリックであるヒロインが下ネタを連発するという皮肉が秀逸です。

主人公フィロメナは若い頃に未婚のまま男性と関係を持ち、妊娠します。それを恥とした両親によってカトリック修道院に預けられ、そこで産み、出産の面倒を見てもらった代わりに四年間そこできつい労働をするハメになります。子どもに会えるのは一日たった一時間だけ。同じ境遇の若い母たちはその時間だけを楽しみに毎日過ごしていますが、修道院は子どもたちを養子に出し、母親と引き裂きます。フィロメナも例外ではなく、まだ幼い息子と離れ離れになってしまいます(この息子の笑顔がめちゃくちゃ可愛くて天使のよう)。そのことを50年間隠していたフィロメナですが、息子の50歳の誕生日に、その後産んだ娘(もう大人)にそれを打ち明けます。娘は母に大変同情し、仕事の関係で知り合った、凄腕ながらハメられて失職したばかりのジャーナリストであるマーティンにその話を記事にしないか(記事にしていいから息子探しを手伝って)と言います。そしてこの老いたフィロメナと、働き盛りのエリートでちょっと今やさぐれ期のマーティンの息子探しの旅が始まります。

この二人のやり取りがユーモラスで面白いです。実際フィロメナみたいな、善良な、恋愛小説ばかり読んでいる普通の田舎の主婦とずーっと一緒に行動(しかも海外旅行)することになったらしんどいだろうなぁ・・・という、マーティンに対する同情もちょっとわいてきます。マーティンはエリートなので当然飛行機もファーストクラスかビジネスクラスしか乗ったことがないし、ホテルも一流ホテルしか知らないし(たぶん)、車も高級車じゃないとイヤです。対するフィロメナは実に素朴なので、ビジネスクラスのサービスにいちいち感動し、それを口に出します。マーティンはちょっとウザそうにしてます。でもこのデコボコな二人は、コンビとしては王道ですね。うまく行く予感がします。無知な女に経験豊富な男が振り回されるという図式、大好きです。

そのあとのことはネタバレになるのでやめておきますが、私は途中まで、これはカトリック批判の映画なのかと思っていました。でも、それは違っていました。自分にひどいことをした相手を赦すこと、それができる強い心を持つことを、フィロメナはカトリック信仰を通じて学んでいるわけで、それがこの映画を単純な二項対立にさせない装置になっています。フィロメナみたいな純朴な普通の主婦が、ラスト近くあれだけ強く正しかったのは、カトリックの教えがフィロメナの心身に浸透していて、その軸があったからなんだと思います。信仰がなかったらあの選択は出来ないのではないでしょうか。でも、フィロメナは下ネタを連発します。「その単語、発しますか!」という感じの単語を、マーティンに向かって連呼します。なのでこの映画は、カトリックの中の処女信仰は批判していると思います。だって、ヨボヨボに老いた修道女が「私は純潔を貫いたわ!」とかドヤ顔で言ってる場面では純潔っていうか妖怪?と思いました。処女ってのは若かったら美しいかもしれませんがねぇ、バアさんが処女でもねぇ・・・。老いてから純潔破ったって神様も見ちゃいないよ、という気もしますが(でも老いたら純潔破るチャンスがなさそう)、カトリックの人に怒られそうなのでこれ以上はやめときます。まぁとにかく、このように(?)批判している部分もありますが、フィロメナの強さもカトリック信仰ゆえだと思うので、全面的な否定も全面的な肯定もしていないところが素晴らしいと思いました。というか、この映画はかつての修道院の行いを批判する映画なのに、ちゃんとカトリックの良いところも描いていて、しかもそれを被害者であるはずの主人公が体現しているという構造が素晴らしいです。

まぁでも信仰云々というテーマは得意じゃないし、正直よくわからなくて書く権利もないので、それとは別のところから考えると、フィロメナの振舞いが無邪気ゆえちょっとウザったく見えたりするところや、かと思えばすごい強さを見せたりするところなど、可哀想な被害者として描いていないのが良いし、この『あなたを抱きしめる日まで』というふざけた邦題から想像されるようなお涙頂戴な展開もないのが良いです(でも泣けた)。そのおかげでこの映画が言いたかったことがしっかりと力強く届いてきます。それにしてもこの変な邦題は一体何なんでしょうか(原題は『Philomena』)。『大統領の執事の涙』とかもそうですが(原題は『Butler(執事)』)、『大統領の執事』で良かったのに「の涙」とか余計なものをくっつけて、いかにも「泣ける映画です」みたいなアピールすることで観客を獲得しようとするあざとさが映画の雰囲気を台無しにしてるような気がします。まぁ、実際泣ける映画っぽくするほうが客が入るなら仕方ないですが。『フィロメナ』じゃ日本人の印象に残らないのは仕方ないですが、『大統領の執事』ならちゃんと覚えられると思うんですがねぇ。でもこういうことは配給側の苦労を知らないから言えるんでしょうね。

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