もうひとりの息子

theotherson

2014.3.2 下高井戸シネマ

『もうひとりの息子』/ロレーヌ・レヴィ/フランス/2012 ★★★★

やっと観た!こういう単館系の映画は見逃しても下高井戸シネマがだいたい拾ってくれるので大変ありがたいです。観れて本当に良かった!カヒミ・カリィがこの映画について「思い切り胸を揺さぶられ、身体に作品が残って抜けていかない」とコメントしてますが、私もまさにそんな感じです。別に昔カヒミになりたかったから言っているわけではありません(ちなみに私は未だに「カヒミは涙以外の分泌物を出さないのだ」と信じています)。

話としては「赤ちゃん取りちがえもの」で、同じく去年公開された『そして父になる』と同じです。でも、この『もうひとりの息子』は、取りちがえが、よりによってイスラエル人とパレスチナ人という対立する民族間で起こってしまった、というところが『そして父になる』と決定的に違います。『そして父になる』は日本人同士なので、暮らしぶりに違いはあれど、人種とか民族とか宗教とか、そういう問題は全然ありません。純粋に親子とは、ということを問いかける映画でした。それに比べると『もうひとりの息子』は、「親子とは」ということともう一つ、民族間の争いが大きなテーマになっているので、一層複雑です。

イスラエルの近代的な街テルアビブに住むヨセフは、父が国防軍の大佐で母が医者というエリートな両親の間で育ちながら本人はミュージシャン志望。対するパレスチナ自治区で育ったヤシンは父が技術者兼ミュージシャンで母は主婦、幼いころに弟を病気で亡くしてから医者を目指し、フランスの大学に見事合格という優秀な青年。この二人が実は取りちがえられていたという話で、実はヨセフがアラブ人、ヤシンがユダヤ人だったわけですが、この「アラブ人」「ユダヤ人」というのは、そもそも肌の色や出身で決まっているわけではなく、言語や宗教などの文化的な区分らしいです。なので見た目では全然区別がつかないらしいです。特に「ユダヤ人」の定義は時代によって変わったりもしているそうで、かなり難しいそうです。私はこれまでパレスチナ問題をはじめ中東情勢のことなど全然よく知らなかったので、ユダヤ人といえばアンネ・フランクみたいな顔立ちの人種で、アラブ人といえば「開けゴマ」と叫んでいるような色の黒い人種だと思っていましたが、全然そんなことはないようです。なので、見た目では判別がつかないのは仕方ないそうです。でも、『そして父になる』でもそうでしたが、男はみんな「母親なんだからわかるだろ」と言うんですね。産んだ直後、まだ全然一緒に過ごしていないうちに保育器に入れられた赤ん坊のことが、母親だからってわかるものなんでしょうか。なんか「母」というものを勝手に神格化して勝手にがっかりしてる感じがしました。まぁとにかくそうして取りちがえられた赤ん坊が18歳になってからその取りちがえられた事実を知らされるわけですが、この映画で救われる点は、ヨセフもヤシンも、どちらもすごく良い青年であるところでした。ヨセフのほうが生活に不自由しておらず、恐らく辛い経験もあまりしていないのでちょっと幼いのですが、でも歳の離れた妹がすごくなついているあたりからしても、すごく良い子です。ヤシンは本当に立派な、聡明な青年で、兄や父が感情的になり自分を傷つける発言をしても冷静です。しかもハンサムです。二人をこういう若者に設定したのは、もしかすると、終わりの見えないパレスチナ問題に少しでも希望を持たせるためなのかもしれないな、と思いました。

心に残った場面はたくさんあるのですが、中でも私は、ヨセフが実はパレスチナの夫婦の子どもであったことを両親から聞かされる場面が心に残りました。正確には、そのときの妹の反応が心に残って、しばらく頭から離れませんでした。妹はうしろのほうでその話を聞いているのですが、ヨセフがショックのあまりその場を立ち去った後、一言「お兄ちゃん返すの?」と両親に聞くのです。ああ、そうだよなぁ、妹にとってはユダヤ人だとかアラブ人だとか、実の子だとか他人の子だとか関係なくて、単に「お兄ちゃんに会えなくなる」という、その心配だけなんだよなぁ、と、妙に心を揺さぶられました。

あとはやっぱりパレスチナ占領区を出入りするときの検問の場面です。ここだけはテレビのニュースで見る「イスラエル」「パレスチナ」のイメージと同じだったからです。この映画の他の場面は、むしろ自分がこれまで持っていたイメージと実際が全然違っていて、きっとこちら(映画)のほうが実際なんだろうな、となんとなく思いました。たとえばヨセフの住むテルアビブには、ビーチもクラブもあって、若者たちがナンパしたり踊り狂ったりしていて、日本とあまり変わりがないように見えましたが、日本人の思い描く「イスラエル」という国の姿はもっと危険なものだと思います。あと、ヤシンの暮らす占領区内の様子も、若者がサッカーをして遊んでいたり、井戸端会議をしている老婆が親切に道を教えてくれたりと、案外普通です。私はパレスチナ自治区といえば、もっと「一触即発」という感じで、軍隊が数メートルごとに立っていたりするのかと思っていたのですが、そういうわけではないようでした(地区にもよるとは思いますが)。でもこの検問の場面だけは、迷彩服を着た軍隊が大きな銃を構えて立っていて、「一触即発」感がありました。やっぱり、こちらが本当の姿なんだと思います。昔読んだ岡本太郎の本に、「世の中に良い部分と悪い部分があったら、だいたい悪い部分の方に真実がある」というような事が書いてあって目からウロコだったのですが、まさにそんな感じだと思います。

他にも、「母」というもののの大きな心とか、「○○人」ということはどういうことなのかとか、色々と感動したり考えさせられることの多い映画でした。これまで少しも興味(というか知識)のなかった中東情勢に、急に興味がわいて、数冊関連書を買ってきてしまいました。とりあえず、たまたま読んでいる最中だった内田樹・中田考の対談本『一神教と国家~イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』の中に、「世界中に散らばっているユダヤ人の中には、イスラエルが今行っていることを本当は憎悪している人が相当数いる。でもホロコーストの記憶が鮮烈に残っているユダヤ人にとっては、イスラエルは“また何かあったときに帰れる場所”なので、批判できない」というようなことが書いてあって、すごく納得しました。この本には他にも「なるほど!」と、思わずポン!とやってしまうようなことがたくさん書かれているのでとても面白かったです。あとこの映画とは全然関係ないけど、「今の日本の禁煙・嫌煙イデオロギーは健康志向ではなく反共同体志向である」という話もすごく納得で、今まで自分の中でモヤモヤしていたものが「そうそう、それ!」という感じでスッキリしました。なんか今の日本ってやたらと反共同体志向がはびこってる気がするんですが、昔からですか?

話それましたが、とにかく『もうひとりの息子』は本当に素晴らしい映画でした。私が高校教師だったら授業で生徒に観させます。

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